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江國香織『きらきらひかる』に救われたこと|作品内容と感想|情緒の波乗り、うんざり

『きらきらひかる』江國香織

こんにちは。まおです。
今日もいい夢、見てますかしら ✿

先日、複数の相手と誠実な愛の関係を築く「ポリアモリー」という考え方について書かれた本を読み、紹介しました。
そしてその本の中で江國香織さんの『きらきらひかる』がポリアモリー的な人間関係の例として引用されていたので、読んでみました。

結論から言ってしまえば、僕自身は、ポリアモリー的な人間関係を生きる、ということよりもむしろ、
主人公・笑子の「自分にも制御できない自分を、それでも、生きる」という姿に救われました。

この夢(本)に救われる人:
・情緒の、気分の波が激しくて、それを周りに理解してもらえなくて苦しい人
・自分の性格の悪さに嫌気が差している人
・家族の、あるいは愛のあり方について、いろいろな”普通”を押しつけられて生き苦しい人

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書籍あらまし

「きらきらひかる」ってこんな本
  • アル中で情緒不安定の妻と、ホモセクシャルの夫が、セックスレスのまま、互いに恋人を別に持つことを了承しながら、それでも家族として愛のある関係を築いていこうとする話
  • 情緒不安定の笑子が、周りにその情動の波の激しさを理解されなくても、自分が大切にしたい人のために行動を起こすところに救われる
  • ”普通”を押しつける人は(それが親族や親友であれ)遠ざけて、小さくともささやかでも心から安らげる自分だけの場所を見つけようとする姿に救われる

わたしはわたしなりにわたしを苦しんでいるんだっ。

わたしの気分の波で傷ついているのは、あなただけじゃない。なんて言えないけれど。

僕は気分屋です。そして怒りっぽい。「~っぽい」なんていうと可愛いようなもんだけど、実際は全然そんなことない。
短気で、すぐイライラしてしまう。
自分の思い通りにならないことが、許せない。
指紋を認識しないスマホ、食器カゴにうまく立てかからない茶碗、なぜかDLするとレイアウトが崩れてしまう画像編集ソフト…ごく日常的に、ひどく突発的に、自分の中に怒りが湧いてきてしまう。

湧いて”きてしまう”としか言いようのない、制御できない何か。

自分だってそれが嫌だ。自分だって無暗やたらに怒りたくはない。
すっごい嫌な気分だし。疲れるし。子どもっぽいし。周りにいる人をハラハラさせるし。
本当に本当に本当に、自分で自分にうんざりする。
時には周りの人を、特に恋人を、傷つけてしまうこともある。
そして傷つけてしまった、という事実に、自分が傷つく。
人を傷つけておいて何を偉そうに、と言われるかもしれない。
でも、自分で自分がコントロールできなくなってしまうことがある。

誰か俺の中のこれを止めてくれ

と心から思いながら、でもどうにもならなくて振り回されてしまうこともある。

俺は、俺にうんざりだ。

これは割と僕の中で常に引きずっているテーマです。通奏低音。
いつも、ずっと、たしかに、ここに流れている。鳴り止まない、自己嫌悪の軋み。

笑子は、一応診断書的には「精神病が正常の域を脱していない」という、具体的な病名がつく程ではない「発作もち」(という言葉があるのかはわからないけれど)です。
でも精神科にかかるくらいではあって、(周囲の目からすると)突然泣き出し、大声を上げ、ろれつが回らず気持ちの吐露さえうまくできなくなってしまう。

ここで重要なのは、

笑子自身、そんな自分が常軌を逸してしまっていることを自覚しているし、
睦月を振り回してしまう自分を、傷つけるとわかっていて暴言を吐いてしまう自分を苦しく思っている。

ということだと思う。

人は木石ではない。衝動的に、言わなくてもいいようなことを言ってしまって、もしくはあえて傷つく言い方を選んでしまって、それを自分でわからないはずがない。

それでも、言いたくもないのに言ってしまう。

苦しいなあ、と思います。
実際笑子は、作中で何度も何度も泣きます(それも涙をそっと流すとかそういうレベルじゃなくて、大体が大泣き、号泣、パニック、です)が、「自分でもなぜ泣いているのかわからなかった」というような表現が出てきます。

自分の感情くらいいい大人ならコントロールしなさい。まして、どうして自分の発言すら制御できないの?
後から後悔するようなことは最初から言うんじゃないよ。あなたには、それが多すぎ。

苦しい。苦しい。苦しい。
私に私のことがコントロールできると思ったら大間違いだ!なんて、もちろん言えないんだけど。ああ…

だから、笑子が睦月(夫)の”いい人”さ加減に苦しめられるのはすごくよくわかる。
睦月が優しさを見せてくれる度、こんな自分を大切にしてくれる度、そしてそれが彼にとって当たり前のように映れば映るほど、かえって自分が追い込まれるような気がして、反射的に彼を傷つける振舞いをしてしまう。
そして、そういう振舞いをしてしまう自分にさらに自分で傷ついていく…

性格悪っ。優しくされてるのにつけ上がっていい気になって、最低だな。

と、言われてしまえばそれまで。でも、わかる。わかるよー…
根っからのいい人(にしか思えないような人)といると、自分が人間として根本的にダメなんじゃないかって気がして、横にいるのがいたたまれなくなるんだよね。
この人みたいには、自分はこの先どうしたってなれない。

私を見ないで。私と比べないで。私の横にいないで。私に構わないで。

独りで、勝手に、理解されずに、追い込まれていく私。

穴倉に逃げ込む。
そこでは醜い私は見られない。
”よくできたあの人”の隣に、”何から何までだめな私”は並ばない。

でも、穴倉に光は差さない。
光りの差さないその場所では、なんだか傷も治らない。
ジメジメに膿んでしまわないうちに、出ていかなければと、思うのだけど。

その勇気が、まだない。
眩むまぶしさに耐えて立っている自信が、まだない。
わたしは、いつまで。いつになったら。

フツーフツーってなんなんだよ。わたしを思うなら黙っててよ、”フツーに”。

笑子と睦月は性交渉を持たないことを了解の上で結婚している。
ただ、お互いの両親はそうはいかない。
睦月の母親やホモセクシャルの睦月に人工授精について調べるよう勧め、笑子の父は睦月がゲイだと知って紺(睦月の恋人の男子学生)と別れるよう求める。
双方の親ともに、睦月と笑子が、(人工授精でもいいから)子どもを持って、”一般的な”家庭を築くことを度々要求する。
両親たちだけじゃない。笑子が通う精神科の医師も、笑子の唯一とも言える親友(瑞穂)も「子どもができればうまくいく」と言う。
それが、二人を苦しめる。特に笑子はただでさえ情緒が安定しないんだからこれは大変だ。

笑子は、片眼を望遠鏡におしつけたまま、声ももらさずに涙を流していた。しゃくりあげもしないのだから、それはもう異様な緊迫感だった。

(中略)

えっ、えっ、と嗚咽を始め、

「このままでいいのに」

涙の下で、苦しそうに笑子は小さくそう言った。嗚咽はたちまち号泣になり、身も世もなく泣いて無抵抗になった笑子を、僕は無理やり部屋にひきずりこんだ。

本分より(P97)

笑子は困惑しきった顔で、ほんとにみんなどうかしている、と言った。

「どうしてこのままじゃいけないのかしら。このままでこんなに自然なのに。」

本分より(P103)

難しいのは、両親も親友の瑞穂も、よかれと思って助言をしている(つもり)だと言うことだ。
自分の経験に照らし合わせて、彼らが幸せになれるよう、願っているはずだ。基本的には。
それでも、「かくあれかし」と勧めることは、時として暴力的な行為にさえ感じられてしまう。
だから、人はすれ違う。
そこが、人が人に関わる上で難しいところだと思う。

あなたの幸せは、世間の幸せは、わたしの幸せとは限らない。

ということを、助言する側は常に意識して臨むほかないのだと思う。

そして、私の「普通」とあなたの「普通」が異なると悟ったら、自分を捻じ曲げるでも相手を批判するでもなく、ただ、そっとしておけばよいのだと思う。お互いの普通の違いを認めた上で、無理に力を加えて寄り添おうとせず、そっと。ソフトに。互いの距離を、距離としてそのまま受け入れる。

でも、その「そっと」がどれほど難しいか。
だって、幸せになってほしいと願っているから。あなたのことが大切だから。
家族や恋人、親友など身近な人であればあるほど、想いは強い。だから、「そっと」が一番難しかったりする。
想いは、諸刃の剣。救いと殺しが表裏になっている。

それでも、本当に相手を想うのであれば。
それでも、大切な人に関わって生きたいというのであれば。

わたしの親切は、あなたへの暴力かもしれない。

忘れずに、大切な人を自己満足ではなく本当に大切にできるように、なりたいです。

この、普通に押し歪められる生き苦しさは、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」を思い出しました。
どこかでこちらも紹介するかもしれませんっ✿


あさき夢見ばや

いかがでしたでしょうか。

江國さんの文章はみずみずしさを感じるので、僕はそれだけでも楽しめました…!
し、今回取り上げた点以外にも、気に入った表現がいくつかあります。それを、ちょこっとだけ。

「あいつと結婚するなんて、水を抱くようなものだろう」

本分より(P17)

「ええと、紺はね、紺の背中は背骨がまっすぐで、コーラの匂いがするんだ」

本分より(P48)

気になった方は、是非読んでみてくださいっ!


最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
それでは、また。あさき夢の狭間にて ✿

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